フリーな人が考えること

家族が自分のプレゼントに感動する理由が、30歳になってわかってきた。

親に最初にご馳走したのっていつですか?

 

私は日本を飛び出して2年間オーストラリアに住んでいたのですが、先日 日本に戻ってきて時間ができたので、両親と出かけてきました。私の両親は共働きで、親父は来年の2月に定年退職を迎える歳です。久しぶりに親に会うと、親父も老けたな、と感じます。

2年間海外にいたと言っても、実は2度葬儀で帰国しています。今年に入って母親方の祖母が亡くなり、さらに悲しいことは続くもので、父親方の祖父も半年前に亡くなりました。

元々 母親は幼い頃に父親(私にとっては祖父)を亡くしており、父親も、私が幼い頃に母親(私にとっては祖母)を亡くしているので、私にとってのじいちゃんばあちゃんは、もういません。

 

両親はすでに悲しみが癒えたようで、普段通りの生活を送っていますが、私にとっては、両祖父母とも息を引き取った瞬間は海外にいて、二人とも再会したときはすでに棺に入った状態だったので、今でも若干心残りがあります。

祖父母とも生前、もっと感謝を示せたのかな。何かできることはなかったかな。そう思います。

 

買い物に車を走らせる最中、両親が口を揃えて言いました。「ここ覚えてる?◯◯(私の名前)が最初にご馳走してくれたところだよね!」

 

それはどこにでもある、焼肉のチェーン店でした。

 

「〇〇が最初に入った給料だからっていって、あなたご馳走してくれたじゃない!おじいちゃんも連れてさ!」

 

母親の声のトーンが、いつもより高い気がしました。

「おじいちゃんもね、あなたが最初のお給料でご馳走してくれたことが嬉しくて、あなたが海外に行ってからも、いないところでいつもそのこと話してたのよ。よっぽど嬉しかったんだろうね。」

 

「・・・そうだったかな?覚えてないや」

私は、正直そのことを全然覚えておらず、過去の自分がしたことに、未だに色褪せずに親が喜んでくれていたことが、なんだか恥ずかしいような、誇らしいような気持ちになり、はぐらかしてしまいました。

お店の雰囲気からしても、当時の自分が出した金額などたいした額ではなかったと思います。しかし、ご馳走された側は、何年経っても、覚えているのです。

 

その時、なんとなくわかった気がしました。家族の記憶に強く残る感動の原動力って、金額の高い安いではないんだなって。孝行したいという気持ちなんだなって。そう思いました。

なぜなら、母親が喜んだ理由は「食事にお金を出してくれた」ではなく「最初に給料でご馳走してくれた」からです。

 

私が孝行できる祖父母はもういません。

 

久しぶりに親に何かご馳走しようかな。

 

917日は敬老の日です。